勉強に才能は必要ない???

勉強をしていると、どうしても感じるのが「できる生徒」と「できない自分」との違いです。

そういうのを見ていると、「生まれ持った才能が違うんだよな・・・」と感じてしまうこともありますよね。

 

  • 「勉強ができないのは、自分に才能が無いからだ」
  • 「勉強なんて、結局は才能でしょ?」
  • 「どうせ才能が無いから、やっても無駄だ」

 

そう思っている生徒もたくさんいるでしょう。

それに対して、周りの大人はどんな言葉をかけてくれますか?

 

  • 「才能が無くても、努力すればどんな壁でも乗り越えられる」
  • 「人間は生まれつき平等だ」
  • 「頑張れば夢は叶う!」

 

こういったきれいな言葉をかけてくれる人たちもたくさんいると思います。

これらは勉強に限らず、よく耳にする言葉ですよね。

 

中には「勉強ができないのは、才能が無いからではなく、努力が足りないからだ」と言うような大人もいます。

「頑張ればどんな夢も叶うんだから、あなたの頑張りが足りないだけだ」といったニュアンスのことを言われることもあるでしょう。

そういう言葉に、納得できた人もいれば、できなかった人もいると思います。

 

さて、それではこれらの言葉は、本当に真実なのでしょうか?

こんなことを言うのも気が引けますが・・・残念ながら、これらは嘘です。

 

○ 参考:才能がどれくらい必要か・・・英語についてはこちら。

英語のセンスが無い・・・中学英語にセンスは必要か?

 

才能が無くても、努力すればどんな壁も乗り越えられる?

努力でどんな壁も乗り越えられる?

まさか!

そんなはずがありません。

 

実際に、世界の頭脳と呼ばれる天才や超人的なスポーツ選手たちは、才能がなければ絶対に届かない世界にいます。

そもそも、「そういった存在に才能が無くてもなれる」などと、そんな失礼なことを言ってはいけません。

他人よりはるかに豊富な才能を持った人間が、凡人には想像もつかないような膨大な訓練を毎日し、それでも明日には脱落してしまうかもしれない・・・・彼ら・彼女らが生きているのは、そんな厳しい世界なのです。

みんなが遊んでいる時にも黙々と学習やトレーニングをこなし、他のやりたいことを我慢するのも日常茶飯事です。

普通の人は安易に楽な道を選びますが、彼ら、彼女らは苦しくても自分が成長できる道を選びます。

自由な時間はもちろんのこと、時には命を削るほどの自己犠牲を払うことさえあります。

成功をつかみとった後の姿をTVを通して見ると楽しそうですが、実際にそこに辿りつくまでは、本当に本当に本当に厳しい世界なのですね。

 

だからと言って、「才能がないと勝負にならない」ということもありません。

優れた才能があったのに、それを形にするだけの努力ができずに、最後まで花開くことなく終わった人はたくさんいます。

才能「だけ」では勝負にならないのも事実で、たとえ才能を持って生まれたからといって、その時点で成功が約束されるわけでもありません。

 

反対に、特殊な才能は無かったのに、工夫や努力で補って、才能があった人以上の成長と活躍を手にした人もたくさんいます。

運悪く、自分の目指す分野の才能が無くても、それ以外の分野で才能を秘めていたというケースもあるものです。

それに、特殊な才能によらずに活躍できる分野もたくさんあります。

 

ですから、今そういった特殊な才能がなくても全然気にすることはありません。

いつか自分ならではの才能を見つける未来の可能性もありますし、自分を生かせる分野を選ぶ自由もあるのですから。

 

そして才能があるか無いかは、大抵やってみるまで分かりません。

自分なりに精一杯頑張り、それから結論を出せば良いのです。

 

ただし、それでうまくいく保証もどこにもありません。

誰が何と言おうと、やはり才能の壁は存在するのが現実ですからね。

そこの真実を覆い隠して、聞こえの良いことしか言わない大人の言葉は、詐欺的なセールスと本質的に大差ないですから、真に受けなくて正解です。

 

○ 参考:やるとなったら、正しい勉強法でしましょう。

正しい勉強法の選び方 ~成績アップのための3つの勉強法~

 

人間は生まれつき平等・・・はうそ

人は生まれつき平等だ、とはよく言われます。

しかし、お金持ちとそうでない家庭で、平等のはずがありませんよね?

よく「お金持ちにはお金持ちの、貧乏人には貧乏人の苦労がある」と言われますし、実際にそのとおりですが、それは生まれた後の生き方の問題です。

生まれた時点で「すでに平等ではない」という事実には、何の反論にもなっていません。

 

ちなみに、生まれた時点の不平等について言うと、日本人はまだマシです。

例えば、王宮とスラム街に生まれる子供は平等でしょうか?

確かに「生命」としては平等でしょう。(・・・そう思いたいです)

しかし、権利も将来性も財産も生活環境も、ほとんど全てが不平等ですよね。

 

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」

という有名な言葉がありますが、あれは後に別の言葉が続きます。

今の言葉で簡単に言うと「学のある人は高い地位やお金を得て、学のない人は貧しくて人に使われる身になる」です。

そう、要するに「勉強しないと駄目なんだよ!」という意味ですね(笑)

 

しかし、学力や頭の善し悪しは、親の年収が強く影響するという客観的なデータがあります。

収入があるほど、私立進学や塾・家庭教師などにお金をかけられるからですね。(いわゆる二極化問題です)

つまり、生まれつき裕福な人が、学を身につけて高い地位やお金を得る一方で、生まれつき貧乏な人は、学が身につきづらく貧しくて人に使われる身になる・・・ということなのです。

これのどこが平等で、これのどこが「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」なのでしょうか。

 

他にもいろいろありますが、もういいでしょう。

こんなことは中学生でさえ気づいている真実ですよね。

 

人間の生まれる環境は平等ではありません。

将来に得られるチャンスでさえも平等ではありません。

強いて言えば、全ての人間で確実に平等なのは「1日24時間」という時間くらいでしょう。

ただ、これさえも「お金持ちは時間を買うことができる」という抜け道があるのが現実です。

 

だからと言って、落ち込むことはありませんよ。

なぜなら、いくらでも逆転のチャンスはあるからです。

偽物の平等を信じていては永遠にそのままですが、自分の力を磨いていけば、不平等からはちゃんと脱出できます。

そして、その方法の中でも、最も有効な近道の1つが「勉強」であるというのが今の日本の現実です。

平等を妄信してサボったり、不平等を言い訳にして逃げるのではなく、自分の意志で平等を勝ちとっていきたいですね。

 

○ 参考:どうせやるなら、効率の良い勉強法で成績アップを目指しましょう。

成績を上げる中学生の勉強法の極意

 

頑張れば夢は叶う!・・・とは限らない

確かに叶う夢もあります。

しかし、叶わない夢もたくさんあります。

 

「諦めたらそこで試合終了です」という名言があります。

諦めずに頑張ることの大切さを伝えてくれる、私も好きな言葉です。

 

けれども、人間に与えられた時間は有限ですよね。

もし諦めずに頑張って寿命が来てしまったら、それは「叶った」と言えるのでしょうか?

 

それに、才能(遺伝子)の壁もあります。

 

「陸上の100m走を頑張って県大会に出場する!」

これなら頑張れば叶う可能性は十分あります。

 

「陸上の100m走を頑張って全国大会で優勝する!」

大変ですが、本当に頑張れば叶うかもしれません。

 

「陸上の100m走を頑張ってオリンピックで金メダルをとる!」

本当に叶うと思いますか?

黒人選手の持つ、天性の足の速さに勝てますか?

少なくとも今の時代では、身体能力的に不可能でしょう。

 

お金が無い人は「一生楽に暮らせるお金がほしい」と願います。

大金持ちの有名人は「お金はいいから自由と静かな時間がほしい」と願います。

全てを手に入れた大富豪でも「もう少し寿命がほしい」と願うでしょう。

 

どんな立場の人も、それぞれに夢を描いています。

しかし、全てを叶えるのは、どう考えても不可能ですよね。

 

現実には「頑張れば夢は叶う!」などときれいなことを言いながら、宝くじを毎回買うというちぐはぐな人もいます(笑)

本当に夢が叶うなら、もっと違う方法でお金を得るはずです。

 

これらは「夢」と「目標」と「妄想」をごっちゃにしていることから起こる間違いです。

「妄想」はまず叶いません。

「夢」は運がよければ叶います。

「目標」は頑張ればほぼ必ず叶います。

生徒に対してきれいな言葉ばかりを言うのではなく、時にはこういった現実を伝えることも大切なのでは無いでしょうか?

何よりも、その人その人ごとに合った夢を持てば良いのですから。

少なくとも私はそう思います。

 

○ 参考:夢に向けてとにかくコツコツ頑張れば良い・・・というわけでもありません。

勉強は毎日コツコツやるほうが良い?

 

才能の話も、大人の大好きな綺麗事の1つ

大人はよく子供に綺麗事を言います。

反対に、汚いものにはすぐにフタをしてしまいます。

これは「才能」に関する話も全く同じです。

 

しかし、中学生にもなれば薄々気づきますよね。

「世の中そんなに甘くはない」「汚いものもたくさんある」ということを。

少なくとも「才能」に関して言えば、自分たちの周りの親や教師や親戚を見ればすぐに分かってしまうことです。

 

決定的な才能の壁を克服したような努力家など、身近には滅多にいません。

本当の意味で夢を叶えた人も、一般の子供たちの近くにはほとんどいません。

それどころか、子供から見てがっかりしてしまう大人のほうがたくさんいます。

 

酔っ払って家族に迷惑をかける父親もいます。

自分で決めたダイエットさえ実行できない母親もいます。

一般人ですら起こさない犯罪や不祥事を起こしている教師もいます。

周りを見れば、子供よりもマナーの無い行動をしている情けない大人が山ほどいます。

 

そんな大人たちが、子供に向かって偉そうに「勉強しろ」などと言うのですから、ひどい話ですよね。

説得力も何もあったものではありません。

 

確かに、本やテレビの中には夢を叶えた大人がいます。

しかし、親や教師も含めて、身近のそうでない大人が言ったところで説得力がありません。

世の中「才能」ではなく「努力で夢が叶う」と語るのであれば、我々大人こそがたくさん努力していないとおかしな話なのですね。

特に教師は、子供に見透かされない人間でいられる努力が大切だと思います。

 

以上、勉強に才能がいるかどうかを語る前に、人生に才能がいるかどうかを語ってみました。

しかし、こういう話こそが、大事な人生勉強の第一歩だと思います。

ぜひ家庭でも教室でも、大人にしか話せない話を、あなたなりの切り口、あなたなりの言葉で、いろいろと聞かせてあげてくださいね。

 

○ 参考:他にも家庭で伝えていきたいこと。

家庭教育の心得 家庭で親が教えるべきこととは?

 

勉強も才能が必要なのか?

さて、率直な内容を長々と書いておいて、いよいよ本題です。

前編では「人生には超えられない才能の壁がある」という話をしました。

それでは勉強の場合はどうなのでしょう?

 

もちろん、勉強も人生の様々な才能と同じで、才能が無いと勝負にならない部分もあれば、才能が無くても工夫や努力で補える部分もあります。

ただ、実社会とはかなり異なる部分もあって、そういったあたりを知ると、もう少し違った見方ができるようにもなります。

少なくとも、最初に例として挙げたような・・・

  • 「勉強ができないのは、自分に才能が無いからだ」
  • 「勉強なんて、結局は才能でしょ?」
  • 「どうせ才能が無いから、やっても無駄だ」

こういった言葉には、しっかりとした明確な答えがあります。

 

それでは、ここまでを踏まえつつ、まずは中学生が勘違いしやすいことから説明しておきましょう。

 

続きは「正会員の専用書庫」でどうぞ。

 

 

○ 参考:才能があってもなくても、勉強が好きになれるととても強いです。

勉強を好きになる方法

 

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楠木塾長

かれこれ20年以上の指導経験と、1万組以上の相談対応件数を持つに至る、プロも相談するプロ。小中学生から高校生、大学生、社会人まで幅広く指導を行うが、このサイトでは中学生指導に専門を絞って独自の情報発信を続けている。また、反抗期・思春期の子育てや教育に関しても専門性が高く、保護者や指導者への助言指導なども行っている。

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