私も昔はよく、ネット上の情報を探したものです。

やはり、少しでも良い授業、効果のある指導をしたいですからね。

ですから、こうして検索して訪れる先生には、共感もしますし、頭も下がります。

ただ、ネット上で調べても、大した情報は手に入らないことも知っておくべきです。

 

ネット上にはいろいろな情報があるため、たまには良いものもあります。

特に、教科知識などの細かい知識を調べるのには、とても便利ですよね。
しかし、知識だけで授業が成立するなら、誰も苦労はしませんよね(笑)

どれだけ詳しい知識を仕入れたところで、教え方の巧拙にはあまり関係無いのはご存知の通りです。

そのため、私が授業で使っている指導法やネタなどは「本で読んだもの」「自分で考え出したもの」「他の教師に教わったもの」が中心です。

 

割合で言うと・・・

  • 自分で考えだしたもの:30%
  • 本から学んだもの:30%
  • 研修を含めて、他の人から教わったもの:30%
  • ネットから得たもの:10%

このように、ネットからの割合はほとんどありません。

 

ちなみにこれは新人教師の頃の数字です。

私は体系的な研修が受けられませんでしたが、先輩には恵まれたため、いろいろといろいろと聞きながら学ぶことができました。

さらにしっかりした研修体制のあるところなら、「他の人」の数字がもっと高くなるかもしれませんね。

 

「本」や「ネット」を調べれば、最初のうちは「こんな方法があるのか!」という発見が多いのですが、実際のところ教え方はどこでも似たようなものですから、ある程度調べていくと、出てくるネタはありきたりに感じられてきます。

また、「他の人」に聞くのも、新人の頃は周りの人全てから吸収できますが、自分の力量が上がるに連れて、相手のレベルも高く要求されるようになりますから、厳しいものがあります。

どんな人からでも学べることはあるため、「この部分は参考にしよう」と一部を拝借することはできますが、やはり割合で言うと極めて低くなってしまいますよね。

 

ただ、「自分で考えだす」と言っても、他の人に相談し、一緒に議論しているうちに閃くことも多いため、そういう意味では「他の人」は欠かせません。

それを踏まえて、今の割合を書くとすると、

  • 実践や生徒から学んだもの:30%
  • 他の人との議論の中で考えだしたもの:30%
  • 自分で考えだしたもの:30%
  • 本から学んだもの:5%
  • 研修を含めて、他の人から教わったもの:3%
  • ネットから得たもの:2%

こうなるでしょうか。

自分の指導法にこだわりの無い私ですが、それでもやはり、そのへんに転がっているような情報から得られることは少ないのですね。

 

ところで、実はネット上で情報が得られないのには、明確な理由が3つあります。

 

(1)本当に有用な情報ほど、教師は自分の中にしまっておく

教師に限らず、プロは自分の持っている情報を他人に知られたくないという思いがあります。

当然ですよね、その情報や技術の違いこそが、プロとアマチュアとを分けるものであり、その先生にとっても商売道具なのですから。

これは悪く言うと「ケチ」なのですが、決してそれだけではありません。次で述べる理由と絡み合っているのです。

 

(2)一定の形に仕上がるまでは、公表したくない

もともと、教師は研究者と近いところがあります。

研究者は、新たな発見をし、それを世界に公表するのが本文ですが、何でもかんでも公表するかと言ったら、そんなことはありません。

彼ら、彼女らは、必ず「一定の形」に仕上げるまで.は公表するのを好みません。

中途半端な段階で発表しても、それは発表自体に価値が認めてもらえないですし、途中で外に漏れれば、発見の功績自体を横取りされてしまうからです。

 

特に、研究熱心な教師ほど、これと似たところがあります。

横取りの不安は(1)につながりますが、それだけでなく、公表する以上は、中途半端なものでは無しに完成形でお届けしたいと考えるのですね。

私が無料のメールセミナーなのに、過剰に大量で濃いものを出すのも同じ理由です。

出すからには、一定の形に仕上げたもので無いと、自分自身の気が済まないのですね。

 

実際に、有名になった先生たちは、出し惜しみなく指導法や方法論を公開しているものですが、その多くは「すでに第一線から退いた上で」していますよね。

そういう立場になったことで、その情報の秘匿性が無くなり、1のようにケチる必要が無くなるのもありますが、すでに第一線を退いた=その人にとっての完成形に達したからこそ、出せるのもあるのですね。

(ただし、有名になるかどうかと実力は必ずしも一致しないため、そういった先生たちの方法論もピンからキリまでいろいろなのは言うまでもありません)

 

このように、(1)と(2)のどちらも「有用な情報ほど、外に出回りにくい」ことを示しています。

 

ここで教わる際のコツを書いておくと、こういった理由で出てこない情報は、その先生から個人的に直接教わるようにすれば、意外と多くを教えてくれます。

もともと教師は教え好きですし、自分で創り上げたものほど「誰にも教えたくない」という思いとともに、「世に広めたい」「できれば、後世に残したい」という思いを感じるものです。

「教えてもらって当然」のような態度は論外ですが、きちんと腰を低くして教わるようにすれば、それこそ大金を積んでもおかしくないような情報を、意外と気軽に教えてくれたりするものです。

これを生かして、ぜひ周りの先輩達から上手に学んでください。

 

それでは、3つ目の最も重要な理由です。

 

(3)ネット経由では、本質が伝わらない

教育で重要なのは、個々の生徒、家庭、教室等、実際の状況に合わせたカスタマイズされた生の情報であり、形式張ったテンプレート(ひな形)ではありませんよね。

しかし、ネットを介した情報は、主に文章や画像や動画ですが、そのいずれもが「予め用意された情報」を得る行為であり、いわばテンプレートであり、断片的な情報に過ぎないのですね。

本当に効果のある指導法や方法論をネット上で公開しても、文章や動画だけでは本当のところは伝わらないのです。

 

ネット経由では本質が伝わらないのには、本人が絶対に気づけない最大の理由があります。

それは「そもそも見る側に力が無いと、そのやり方の「何が良いのか」さえ気づけない」ことです。

情報を得るにも、情報を読み取る力が必要です。私達が患者の胸に聴診器を当てても「心臓の音がするな・・・」くらいにしか思えませんが、名医に言わせれば「身体のあらゆる不調が見て取れる」のと同じです。

そして、その「見る力」は、学校教育では磨かれませんし、教員養成課程でも身につきません。もちろん、我流や中身の薄い指導経験を積むだけでも磨かれはしません。

 

ですから、仮にネット上に素晴らしい情報が落ちていたとしても、ほとんどの人はそれすら気づかず見逃してしまうはずです。

その人の段階によって見える世界が変わるように、同じ情報に接していても、自分がある程度成長していなければ、得られるものは天と地ほどの違いがあるのですね。

 

例えば、有名な先生の実践報告が紹介されていたとします。

それを読んで、「これではうまくいくはずが無いな」で終わるのが普通の教師です。

これでは成長はしません。

 

柔軟で高慢さの無い教師なら、「よし、まずはこのままやってみよう」と考えます。

しかし、それだけでは、ほとんどが「やってみたけど、うまくいかなかった」で終わるでしょう。

 

これが、ある程度力のある教師なら、読んだだけで自分のクラスでどういった反応が得られるか、ありありとイメージできるはずです。

「よし、この部分ではこういった反応が予想されるから、あのクラスではここを少し変えて実践してみよう」などですね。

その上で実践するから、成功率は高まります。

 

さらに力のある教師なら、行間にこめられた意図をも見抜きます。

「ここには書かれていないが、こういう意図で実践されたはずだから、それを踏まえて改善しよう」「もともとのクラスの力が反映されており、自分のクラスではまだ力不足だから、少し工夫が必要だ」「この発問とこの指示の間には、こういった趣旨の発言が無いと成立しないはずだ」などですね。

ここまで踏まえた上で、「こちらの指導法のほうが良い」と選択することに意味があるのです。

力のある教師がそういった報告をするには、それ相応の理由や実績があるはずで、その本質を見もしないで判断するのは、ただの傲慢でしょう。

 

たった1つの実践報告を読むだけでも、これだけの差が出るのです。

そして、それらを全て考え、踏まえた上で、ようやく「ネットで得られる情報の内、役立つものは数%程度」なのですね。

(ただし、これは塾講師である私から見た数値です。ネット上の研究報告は学校指導を前提としたものがほとんどであり、塾現場では通用しないものが多いせいもあるため、学校教師であればもう少しパーセンテージは上がると思います)

 

この時必要とされるのが、「本質を見る力」です。

ですが、この力だけを単体で身につけることはできません。

いろいろなものに触れながら、自分でも実践を重ねていく中で、徐々に磨かれていくものです。

マニュアル的にどうにかなるものではありません。

 

ただ、できれば最初は、良い情報も悪い情報も一緒くたになったネットの世界で探すよりも、まずは力があって信頼もできる身近な先輩教師や、過去の実績ある教師の書いた本などをもとに、幹の部分を作っていくのが良いと思います。

そうした優れた人や考えに触れることこそが、「本質を見る力」を鍛える、最も有効な近道ですから。

 

くれぐれも、悪い先生を見本にしたり、そういう先生とばかり接したりすることの無いようにしてください。

他の生徒が全くやる気の無い教室で、力の無い教師に教わっていると、やる気のある生徒までもがどんどんと腐っていきますよね。

それと同じで、教師も社会人も、接する相手や学ぶ相手がとても大切です。

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楠木塾長

楠木塾長

かれこれ20年以上の指導経験と、1万組以上の相談対応件数を持つに至る、プロも相談するプロ。小中学生から高校生、大学生、社会人まで幅広く指導を行うが、このサイトでは中学生指導に専門を絞って独自の情報発信を続けている。また、反抗期・思春期の子育てや教育に関しても専門性が高く、保護者や指導者への助言指導なども行っている。

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