「途中式は必要」は本当? 【勉強法のウソ・ホント】

この記事についての、教師向けの補足です。

この記事を読んでいる先生にはいないでしょうが、途中式について「とにかく書きなさい」というスタイルで教えている先生は多いです。

しかし、1つの方法が絶対に正しいという教え方は良くないですよね。それが指導法として間違っているかどうかはともかく、間違った価値観を受け入れやすい人間を育てていることには違いありません。

 

また、教育という観点からしても、1つの方法論を押しつけるのは、あまり良いこととは言えません。

もともと教育は生徒の成長段階に応じて、その時々に最適な指導をするものです。

教育課程などもそういう意図で作られているものですしね。

 

それなのに「途中式を書かせる」などのような、1つ1つの指導事項になると、なぜか1つの方法論を押しつける教師が多いのが不思議です。

計算力1つとってみても、生徒の発達段階に応じて、その時々に最適な指導をするのが本当ではないでしょうか?

実際に、いわゆる百ます計算も公文式もインド式も計算ドリルもそろばんも・・・それ以外の時代ごとに話題になる様々なものも、どれも方法論としては正しいと思います。

問題は、目の前の生徒・・・マクロで見た「生徒たち」ではなく、ミクロで見た「たった1人の生徒」にとって、最適な指導を選択できているかどうかではないでしょうか。

 

もちろん実際の指導現場では、全ての生徒にバラバラのことを指導するわけにはいきません。

個別教室ならともかく、普通の教室授業でそんなことをしたらぐちゃぐちゃになってしまいますよね。

それでも、個々の生徒にとって最適な指導を選択するよう最大限の努力をするのが教師の務めだと思います。

 

そのためには、最低でも上の記事のようなことを「背景知識」として持っていないと話になりません。

「知っていても実現できる機会はほとんどない。でも、そこを工夫して、本当の意味で生徒1人1人のための指導を何とか実現する」のが教育の醍醐味ではないでしょうか。

そこを「知らなくても知っていても、どうせ実現できないから同じ」などと考える教師は、それこそ辞めるべきでしょう。

(本当に辞めたら、教師が全然足りなくなって制度崩壊してしまいますからいけませんね)

 

ところで、計算力不足の最大の要因は次の2つです。

 

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